校庭では体育の授業が行われている。サッカーボールを追いかける少女たちは誰も彼も楽しそうで、その表情に理沙子は目を細めた。
今日は快晴だけれど風が強い。ばさばさと音を立ててはためくスカートの裾を気にも留めず屋上のフェンスにしがみついていると、後ろから声がかけられた。
「スカートめくれてるぞ」
「いいの、下履いてるし」
見る? と裾を持ち上げようとすると慌てて静止の声がした。振り向くと康二は複雑そうな顔をして、右手に持ったブリックパックを差し出した。
それを受け取るのとほぼ同時に、甲高いホイッスルの音が響いた。
屋上のドアの脇へ腰を下ろし、二人で暫く沈黙する。康二は買ってきたウーロン茶のパックを持ったままだけれど、理沙子は早々とストローを刺し煎茶を飲み始めた。
「徹は?」
理沙子が問う。
徹は理沙子と康二の幼馴染だ。二年になって二人とクラスが別れたけれど、それで疎遠になったということもない。
「化学の実験だから抜けられないって」
「そっか」
沈黙をやり過ごす目的の会話はすぐに途切れてしまった。気まずい空気が漂ってくる。
俯いている康二をちらりと見て、理沙子は口を開いた。
「でもさ、」
徹、最近サボらなくなったよね。
一口煎茶を飲む。ほのかな苦味が喉を滑り落ちていった。
「最近って言うか、彼女できてからか」
康二の肩が揺れる。それでも何も話さない彼に理沙子はため息を吐いた。
「好きなんだ」
理沙子が康二にそう告げられたのは、ちょうど二週間前、徹に彼女が出来て一週間程経ったときのことだった。
午後の授業を抜け出して屋上で、康二は同じように俯いたまま絞り出すような声で理沙子に言った。
「徹が、好きなんだ」
目的語が添えられた言葉を聞いて一瞬、落胆した。それでも悟られたくはなくて、ふうん、と呟く。
「自分でも、可笑しいとか、気持ち悪いとか、そういうのは分かってるんだけど、」
「いいじゃん。好きなんでしょ」
康二の言葉を遮るように理沙子が問えば、小さく肯く。それならいいじゃない、ともう一度、理沙子は言った。
まだぐずぐずしているのか、と内心あきれている。好きなら好きで、それでいいじゃないか。
「ほんとうに、すきなの?」
本当に、徹のこと、好きなの?
ただ、徹に彼女が出来て、一番優先されるのが自分たちじゃなくなって、それが気に入らないだけなんじゃない?
淡々と冷たい声が口から出て行く。こんなのは違う、と心の中で誰かが叫んだ。
「違う。本当に、」
かすれ声が必死に反論してきた。理沙子は容赦なく続ける。
「じゃあ、徹とセックスしたいって思うの?」
「お前……」
「そういうことじゃない? 友達としての好意じゃないんでしょ」
「……」
また沈黙が降りた。ピィッとホイッスルが鳴って、ボールが弾む音がする。
理沙子は立ち上がって、またフェンスから肯定を見下ろす。ボールはセンターラインの辺りを行ったり来たりしていた。
「……そういう風には思わない、けど」
唐突に康二が口を開いた。理沙子は振り向かないで校庭を見つめる。
「徹以外はいらない」
小さな、でも芯の通った声だった。
「あたしも?」
声は震えてしまっただろうか、と理沙子は思う。けれどすぐに背筋を伸ばすことに意識を集中させる。
「それで徹が手に入るなら」
きっと理沙子もいらないって言える。
「……ふうん」
言葉の最後は揺れて消えてしまった。フェンスを握る手に力が篭る。
恋なんてなくなってしまえばいい、と理沙子は呟いた。
END
『恋なんてなくなってしまえばいい』